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2016年5月 6日 (金)

「古代地中海世界の歴史」(木村凌二/中村るい、2012年、ちくま学芸文庫)

「古代地中海世界の歴史」(木村凌二/中村るい、2012年、ちくま学芸文庫)

「騎馬遊牧民の脅威があればこそ、農耕定住民の住む文明社会の人々が一致団結する縁(よすが)ともなる。」「騎馬遊牧民と接触した隣接地域においてこそ...世界帝国が出現する。」(71ページ)
世界帝国にかぎらず、権力とか支配関係といったものは人々が自分たちの平和のため自ら欲したものでもあるのだろう。ただし前近代においてはそのことはほとんど自覚されない....と漠然と思っていた。

エジプトのピラミッドの建設というのは農閑期の雇用対策であると現在では考えられているらしい(33ページ)。ここには確かに単なる支配では無い、支配者の役割の自覚が感じられます。

これと関連して、この本が取り上げている古代史の範囲内で個人的に最も興味があり、理解が難しいと感じるのは古代ローマの共和制から帝制への移行です。
カエサルやアウグストゥスの個人的な政治的指向や支配欲の背後に平和を求める人々がいて、その人々が生きる社会の変化があって、やがて帝制になっていく。帝制への移行は「必然」だったのかどうかこの本の記述だけではまだ胸落ちできないかな。(この本の責任ではなくて、自分の歴史眼の問題ですが)

2016年5月 4日 (水)

「物語 アメリカの歴史 超大国の行方」(猿谷要、1991年、中公新書)

「物語 アメリカの歴史 超大国の行方」(猿谷要、1991年、中公新書)

アメリカという国はなんとも揺れの幅が広い国だ。
革新的な大統領を選んだかと思えば、保守的な大統領を選ぶ。
気が滅入るような人種差別の歴史があるかと思えば、それに対する戦いの歴史がある。
そして、地域差。「今でもニューイングランド諸州とテキサスでは、別々の国と考えても不自然ではないほど違っている」(216ページ)。

この小さな本で光と陰を見事に対照しています。
「陰」の部分の記述はよむだけで気が滅入ってくるほどだ。
しかし「光」の部分の記述は「さすがアメリカ」と今でも思わざるを得ません。

この国は今後も当分の間、世界の歴史において大きな存在感を放ち続けると確信させられます。

2016年5月 2日 (月)

「ドイツ史10講」(坂井榮八郎、2003年、岩波新書)

「ドイツ史10講」(坂井榮八郎、2003年、岩波新書)

古代から現代までをカバーする通史。

ドイツ史の大きな焦点の一つはなんといってもナチスの出現だと思うが、個人的には「なぜナチスが登場して支配に至ったか」の問題よりもその後の第二次大戦の経過に関心を引かれましたね。
41年、ドイツ軍によるソ連征服が失敗した。ところが、その状況においてドイツはアメリカに宣戦布告したのだ。著者が書いている。「これを合理的に説明するのはかなり困難である」(199ページ)。
「42年の晩夏には、...敗戦の不可避性は、ヒトラーにも完全に明らかになっていたはずである。しかしヒトラーは戦争を続行する。(200ページ)

著者はナポレオンの例(自制を求める他国指導者の声を聞かず、破滅に進んでいった)も上げている(123ページ)が、このドイツは同時代の日本と重なりますね。「方向転換ができない」... 重っ苦しい歴史です。

著者が書いている「敗戦の不可避性は、ヒトラーにも完全に明らかになっていたはずである」(200ページ)ですが、個人的にはそう言ってよいか自信がありません。そんな冷静な状況判断ができていたかどうか。

「皇室150年史」(浅見雅男/岩井克己、2015年、ちくま新書)

「皇室150年史」(浅見雅男/岩井克己、2015年、ちくま新書)

皇族の人数は多いとお金が掛かりすぎ、少ないと後継者の心配があり、という問題は明治のときからあり、明治天皇と伊藤博文との間の軋轢として描かれています。

今現在は後継者難の状況なわけですが、果たしてどうなっていくのか全く予想がつきません。

本書は皇室の問題について何かを主張することはほとんど意図していない。むしろ天皇や皇族の生身の姿(発言・行動など)を紹介することで、各自が考える手がかりにすることを目的としています。
マスメディアを通じた姿ではなく、生身の姿を垣間見ることができたことはまちがいありせん。

「フランス史10講」(柴田三千雄、2006年、岩波新書)

「フランス史10講」(柴田三千雄、2006年、岩波新書)

古代から現代までカバーする通史だが、興味深い箇所を一つ上げたい。

ジャンヌ・ダルクに関する記述。「ブルゴーニュ派との和解を模索する王の側近にとって、ジャンヌの純粋な戦闘主義はありがた迷惑であったし、。。。。」(56ページ)
これは少し意外な観点です。フランス王からすればジャンヌはイングランド軍を押し返すのに大きな功績があったはずですから。
中世のこんな時代であっても政治の現場にいる人間は戦闘中といえど勝利一辺倒ではなかったということ。
「このため王側はジャンヌ救出の動きを一切おこなわず、彼女を見捨てた。」(56ページ)

(現代でもよく似たことがありますね。政権の後押しをするつもりで外部の文人が過激発言をして、政権が苦い顔をする...。)

「天皇陵の謎」(矢澤高太郎著、2011年、文春新書)

「天皇陵の謎」(矢澤高太郎著、2011年、文春新書)

現在の宮内庁の陵墓管理のあり方に関して本書の著者が憂うのは非常によくわかるのです。
宮内庁を外から突き動かすような動きが民間(企業や市民など)から出てくる可能性があまり考えられない、せいぜい一部のジャーナリストか学会ていどであろうから、著者同様憂うしかないように思えます。
だけど、短期的には社会にほとんど意味・意義の無い(と思われている)問題を先回りして考えるのが政治の役割のはず。

そう考えると著者には(保守系の)政治家にも取材してほしかった。著者は読売新聞の記者なので、保守系政治家への取材ルートがいろいろあるはず。

もう一つ、現在の天皇陛下や皇族の方々がどう考えているかも興味があるけれど、この方面への取材はさすがに難しいかもしれませんね。(勉強家の方が多いので、もしかして本書を知っていたりして)

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