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2016年6月10日 (金)

「弱者はもう救われないのか」(香山リカ、2014年、幻冬舎新書)

「弱者はもう救われないのか」(香山リカ、2014年、幻冬舎新書)

著者・香山リカ氏を知ったのはいつだったか憶えていないが、ここ十数年来ネット上でよく見かける人である。
ネット上の文章を読んで思ってきたのは「この人は世間に対してかなり過激なこと(?)を直接主張していこうとしているのか。少々無謀ではないか。潰れなければよいが。」ということです。

ところがこの本で香山氏は、そうすることが必要なんだ、と書いている(第3章)。大したものです。

第4章までは今まで香山氏がネット上で展開してきた議論とあまり変わらないのかもしれませんが、氏の危機感はよく伝わってきます。

この本の本題は第5章以降でしょう。
過去の思想史や現在の論壇(?)を概観して「弱者救済の理論的根拠」を探そうとしますが、どうやらどれも完全(だれもが納得できる)ものではなさそうです。
個人的には「理論的根拠など必要なのか。”当たり前なこと”で済ませられないのか」と思いながら読んでいたのですが、それは著者も同じ様です(「おわりに」)。

ただ、その思想が社会の当たり前になるにはそうとう長い歴史が必要なのでしょうね。

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