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2016年7月 2日 (土)

隠された日本 大阪・京都 宗教都市と前衛都市(五木寛之、2001年、筑摩書房)

「隠された日本 大阪・京都 宗教都市と前衛都市」(五木寛之、2001年、筑摩書房)

著者の名前は昔から知っているが、著作を読むのはこれが初めてだと思う。

大阪。住んだことは無いが、個人的に何かと縁があって好きな町である。

本願寺が織田信長に対する最大の抵抗勢力であることは知っていた。その後、本願寺も含めて日本の宗教がエネルギーを失ってしまったことも知っていた。
しかし、大阪の発展のはじめに本願寺・蓮如がいたことは知らなかった。
ただ、文献に初めて「大坂」が現れるのが蓮如の文章であることを理由に著者は蓮如が大阪の生みの親のように考えているが、どうだろうか。蓮如が大坂に住んだのは最晩年の3年間だけで、その後も大坂は商業都市として発展しつづけたことを考えると、大坂を生み出し発展させてのは蓮如やその後継者の個人的な能力ではなく、本願寺のアジールの力ではないか、という気がする。
蓮如が移住したときすでに大坂は商業都市として成立しつつあって、彼あるいは本願寺はそれに目をつけただけ、という可能性もあるが。

親鸞は日本史の人物だが、蓮如はどちらかというと一宗派の人、の感が強いのは確かだ。しかし著者が引いている蓮如の思想、『門徒は「物忌み」をせず、「吉良日」を選ばず、「鬼神」をまつらず』は注目したい。宗教の合理主義が日本にもあったということ。

宗派的な立場によらないで蓮如を研究・解説した書物を探してみたい。

著者は書く。「大坂が寺内町から城下町に変わってしまったということ」は、大坂の問題にとどまらず「歴史上の大転換とさえ思えてならない。」 これはまったくその通りだと思う。分散的な中世から集権的な近世への過渡期に起きた大転換でした。

京都。
現代の京都は大都市とも地方都市ともつかない中途半端な町、という個人的な印象だ(古都といえば京都より奈良が好きです)。

それはともかく、こんど京都へいったら京都タワーに行きたいと急に思いましたね。あそこもいずれ建て替えになり、その後には今風の商業ビルにホテルかまたはオフィスが組み合わさったビルが建つでしょう。その前に短かったけれど昭和の歴史の残像を見届けたい。
あと西本願寺も。

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