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2021年2月 5日 (金)

「走れメロス」(太宰治、昭和42(1967)年、新潮文庫)

「走れメロス」(太宰治、昭和42(1967)年、新潮文庫)

「文庫解説ワンダーランド」(斎藤美奈子、2017年、岩波新書)で著者は「走れメロス」について次のように書いています。

私には「走れメロス」が友情と正義なんて言葉で語れる作品だとはとても思えないのですけどね。(35ページ)
猜疑心が強く、圧制を敷いてきた王が、たかだかバカな若者が必死で走ったくらいで、簡単に翻意するものだろうか。(36ページ)

要するに王は二人の若者を、民衆の支持を集めるためのパフォーマンスに利用した、というの斎藤氏の理解である。

この理解にはなるほどと感心しましたけど、本当にそう理解して良いのか気になったので、今更だが「走れメロス」を読んでみた。



メロスの行動ははっきり言って変です。

暴虐な王の城に一人で乗り込んでいる。
セリヌンティウスを人質として置いておくことを自分一人で決めて王に提案している。
王の殺害に失敗したときのことを考えてない。自分だけでなく、妹夫婦の身もどうなることか。

太宰が「メロスは、単純な男であった」と書いている通りです。

一方の王だが、最初は「帰ってこないにきまってる。そのときは身代わりの人質を殺してやる」と思っています。ところがメロスが戻ってくると、王の心理描写は何もなくいきなり「お前たちはわしの心に勝った」と言っています。
本文を読む限り、王の少なくとも意識的な政治的パフォーマンスは読み取りにくいと思います。

小説発表当時の読者は当時の日本の世相(大戦初期)と重ねて読んだかもしれません。
しかし、メロスが単純なら王も単純、ド直球な友情物語とも読めてしまいます。太宰自身、この種の美談に感動しないタイプの人なので不思議ですが、太宰なりの理想はあるのかもしれません。

太宰治研究の世界では成果が蓄積されているのかもしれませんが、私的にはこれ以上深入りするのはやめておきます。

 

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