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2021年2月 2日 (火)

「文庫解説ワンダーランド」(斎藤美奈子、2017年、岩波新書)

「文庫解説ワンダーランド」(斎藤美奈子、2017年、岩波新書)

多くの文庫本の巻末に付いている「解説」を論評しています。対象となる作品(「解説」が対象としている作品)はほとんどが明治以降、90年代末までに発表されたものです(例外は「ハムレット」(シェイクスピア)、「葉隠」(山本常朝)、「永遠の0」(百田直樹)、ぐらい)。

ジャンルとしてはいわゆる「文学」が中心になりますが、「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)、「資本論」(マルクス)、小林秀雄なども取り上げられています。文学の選択の幅はかなり広くて、夏目漱石のような古典から妹尾河童・百田直樹ら割と近年の作品、「小公女」「ビルマの竪琴」のような児童文学、「なんとなく、クリスタル」「限りなく透明に近いブルー」など当時の話題作、といったぐあいです。

日本の古典作品だと本文は変わらないわけだし、とすると解説を書き直す必要もないはず、と思っていたら大分様子が違いました。例えば夏目漱石の「三四郎」だと、私が新潮文庫版で読んだのは70年代の末でしたが、現行の新潮文庫版は1986年、岩波文庫版は1990年というぐあいです。外国文学の翻訳も同様で、「ハムレット」は2000年代にも新訳が出ています(その際に解説も書き直される)。

新しい解説は以前の解説をそのまま受け継いでいるとは限らない。過去の解説に対する批判、新しい読み方が提示されることもある。そこに解説自体の面白さがあるのでは、と斎藤氏は考えるわけです。
また、解説者に三島由紀夫、井伏鱒二、江藤淳などの「大物」が起用されていても、まともに解説している・できているとは限らない。その点も斎藤氏は遠慮なく批判を加えていきます。

【走れメロス/太宰治】
一例をあげるならばこれ。
本書で取り上げられている作品のなかで最も多くの人に読まれているものと言ってよいでしょう。私のときは中学の国語教科書に載っていましたが、今もそうらしい。(本書を読んだ後で新潮文庫版「走れメロス」を入手しました。文学の文庫本を買うなんて何十年ぶりだ。)

「走れメロス」は「友情物語」と読まれることが多いようだ。私も中学のときそう思いましたし(国語の先生はどのように説明したか記憶がまったく無いのですが)、幾つかの文庫の解説もそう書いています。
しかし斎藤氏は疑問を呈します。

猜疑心が強く、圧制を敷いてきた王が、たかだかバカな若者が必死で走ったくらいで、簡単に翻意するものだろうか。(本書36ページ)

王はバカな若者(「メロスは単純な男であった」と太宰は書いている)を政治的パフォーマンスに利用した。そして、群衆から「王様万歳」の歓声が起こったことで王の目論見通りとなった。というのが斎藤氏の理解である。こういう読み方をしている文庫解説がないのは何故だ、と斎藤氏は疑問を呈しています。

「走れメロス」に関して、斎藤氏はもう一つ問題にしています。それは岩波文庫版で解説(あとがき)を書いている井伏鱒二の「態度」についてです。井伏は「走れメロス」という作品については解説も論評もしないで、太宰との交友のエピソードをたらたら書いているだけである。これはどういうつもりだろうか、というわけです。

斎藤氏は以上の問題について原因を推測し仮説めいたものを書いていますが、要は解説者の太宰に対する偏見が作品そのものの評価を妨げているのでは...。

【文庫熱】
本書の帯に「あなたの文庫熱に火をつける」とあります。私自身の場合は、

「雪国」(川端康成) ... 高校生のとき挫折した。登場人物らの言動が理解を超えていました。しかし本書を読んで再挑戦したくなりましたね。
「三四郎」(夏目漱石) ... いまさら青春文学でもないと思いますが、「美禰子は三四郎が好きだったのか」という論争は気になるので、自分なりに答えを見つけてもよいかも。
「なんとなく、クリスタル」(田中康夫) ... こんなのが昔話題になってたな、と思いますが、挑戦するかどうかは迷います。
「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎) ... これも古くからある本ですが、タイトルから人生訓みたいなものかと思ってました。

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