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2021年3月 8日 (月)

「雪国」(川端康成、新潮文庫)

「雪国」(川端康成、新潮文庫/原作は昭和12(1937)年)

これは高校生のときに挑戦したけれども、始めの方で早々と挫折してしまった。登場人物の発言がまったく理解不能だったのだ。
最近、「文庫解説ワンダーランド」(斎藤美奈子、2017年、岩波新書)で取り上げられているのを読んで、今回40年ぶりに再挑戦する気になった。
昔買った新潮文庫版(昭和22年発行。昭和48年改版)で読み始めたが、途中で現行の新潮文庫版(平成18年改版)には注が付いていることを知ったので、そちらも購入して参照した。


今回最後まで読み進めて結局最後まで謎だったのは、駒子と葉子と行男の関係だ。周囲は駒子は行男の許嫁であると思っているが、駒子自身は強く否定している。確かに葉子と行男が温泉町に帰ってきたときにはすでにこの二人の関係は密で、駒子は彼らに対して距離すら置いている。
この謎は島村にとっても同様で、駒子から聞き出そうとしたり、三回目の温泉町訪問でついに葉子と直接会話したりするわけだが。

斎藤美奈子著「文庫解説ワンダーランド」で、斎藤さんは

駒子の自尊心を無視して彼女をモノにした島村は、その瞬間から駒子への興味を失い、葉子に関心を移したのではなかったか。

と書いていますが、島村の駒子に対する思いの変化と、葉子への関心とは別のように私には思えます。島村が駒子を"モノにした"のは1回目の温泉町訪問の時だけど、二回目の訪問の目的は駒子に会うためでしょう。三回目の訪問もです。二回目の訪問の車中で葉子を偶然目撃して以来、島村は葉子に惹かれてはいたけど、葉子を"モノにしよう"という気持ちは無いのでは?

島村の駒子に対する気持ちの退却は二回目から三回目の訪問で徐々に進行していったようですが、そのプロセスはやはり難解です。単に「東京に妻子がいるから」を理由にしてしまっては身も蓋もないですね。

 

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